トートロジーの語るもの

「明日は今日の次の日である」というのはトートロジーだ。今日の次の日のことを明日というのだから。「明日は今日の次の日である」という命題は必ず真になる。国語辞典なんてトートロジーのかたまりかもしれない。

4.6.1 命題は、それが語っていることを示しているが、トートロジーと矛盾は、それが何も語らないことを示している。
ヴィトゲンシュタイン 論理哲学論考

矛盾はトートロジーの逆で常に偽となる命題だ。
トートロジーは現実への写像を持たない。つまり現実と何も呼応せず、現実のナニモノにも対応しない。ただそうなっていることだけを指し示す。今日の次の日を明日と呼ぶことだけを示し、では明日がどんな日か、明日が何曜日か仕事でどんなことがあるか、天気はどうなるのか、などという明日についての情報をなにももたらさない。「明日は雨の日である」という命題は晴れれば偽の命題になる。「明日は晴れるか雨が降る」という命題は必ず真になり、したがってトートロジーになる。

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トートロジーは何も語らないのなら、国語辞典は何を語っているのか?トートロジーが語っているものはなにか、しばらく思いを巡らしてひらめきを待つ。

論理哲学論考 (岩波文庫)

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