夜間飛行




越後三山のどれか、たとえば越後駒ケ岳とか八海山。ラッセルして高度を上げテントを張る。日中のラッセルに次ぐラッセルで疲れ果て、湿雪で濡れて、餓えても、テントの中で食事して火で温まればどうにか生き返る。シュラフにもぐりこむ前に小便のためにテントの外に出る。体が温まった後なら、外が吹雪いていても、手袋や帽子なしで出て行ってもそんなに寒くはない。外に出たとたんオリオン座が見えるようならおだやかな夜。小雪が舞っているくらいでもおだやかと言ってよい。
越後三山なら、魚沼平野に灯りがついているのが見える。家の灯り、街灯、ひと際明るいのはガソリンスタンド。白くなった夜の底の、雪国の夜。

あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原にも、なお人間の心という奇蹟が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭したりしているかもしれなかった。また、かしこの家で、人は愛しているかもしれなかった。
サン=テグシュペリ『人間の土地』

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)



おー、これぞサン・テックスの世界だと暮れてゆく魚沼平野を眺めているんだけど、まだコンロの火を落とさず、暖かいテントの中では仲間が、小便にしては長いからあいつは寝る前に一服やってるんだと思ってるだろう。