長野の聖火リレーについて考える

父の急病で実家のある長野に帰った。北京五輪聖火リレーが行われる日に当たってしまい、病院の窓からは報道、警察のヘリコプターが5機は飛んでいただろうか?長野市内を聖火リレーの移動にあわせて飛び回るのをずっと見ていた。
なぜ中国人たちは中国国旗ではなくて五輪の旗を持って集まらなかったのだろうか?あの国の拡大主義が引き起こしている問題が、なぜ長野なんていう田舎、ただ10年も前に五輪開催地になったというだけのいつまでたっても凡庸な、ある意味平和的な地方都市まで飛び火するのか。フリーチベットを叫ぶ人たちも鬱陶しい。オリンピックに政治的な問題がまとわりつくのは避けられないしこれからもきっとそうであり続けるのだろうが。




写真は北京、故宮博物館で撮ったもの。よく見るとこの旗は赤一色で中国国旗のあの星は描かれていない。
旗って否応なしにイデオロギーがこびりつくものだ。