けもの道と人の道

野生動物も山野を移動するときはだいたい同じ道筋をたどるので、地面の草がなくなり土が踏み締められてけもの道になる。けもの道を作っているのは鹿やニホンカモシカ、熊、もっと小さい小動物だろう。牧場には飼われている牛が作ったはっきりしたけもの道があるし、奥多摩石尾根の稜線には登山道に並行してはっきりわかる草の生えていないけもの道がある。
人間が山の中に作った道も、整備されず人が通らなくなればやがて自然に還ってしまう。廃れかけた道は一見けもの道かと思うときがあるが、けもの道と人が作った道のはっきりした違いは、道を覆っている藪や木の枝の高さである。けもの道は背丈の小さい動物がくぐれればそれでいいので藪が低く覆ってトンネルのようになっていることがある。人が作った道は背丈まで木の枝が刈り払われているので、廃れた道でも枝が切られたナタメが見つかれば、かつて人が作った道だとわかる。
山の中に整備された登山道以外の道を作る人は、釣り人、山菜やキノコを採取する人、森林の管理者、ハンター、そして登山者である。
山の中ではけものも人も、歩きやすいと思うルートはそれほど違いはない。けものだって藪をこぐのは嫌なのである。もっともニホンカモシカが作った道は彼らが得意な崖に通じていたりするが。人里離れた山だと、けもの道も人の道も、両者が共用しており、登山道に鹿のフンが落ちていたりすることはよくある。沢登りでエスケープに使ったあるけもの道は、沢床から稜線までずっと尾根沿いに続いており、大いに時間短縮になったことがある。これは人がけもの道を利用させてもらった例か。
それにしてもけもの道をたどって人の道に抜けるとほっとする。けもの道がけものが利用する水場やぬた場に通じてるように、人の道は人里に確実に通じてるからね。