世の中、膨大な形而上学が溢れていて、いともたやすく人はそれを信じてしまうのだが。
行間を読むとか空気を読むとか、言葉や論理以外のものが伝える意味は確かにある。
ところでIP電話で音声にあてられる帯域はごくわずかだそうで、人の肉声は情報的にスカスカなのだそうである。
だからといって電話で話す内容が無内容ということはない。人と人のコミュニケーションの高い割合は非言語コミュニケーションだそうである。これもどうやって実証したか知らないが形而上学である。